3回戦のリポートは、掛け値なしの「大会ベストゲーム」から始めたい。現場で見ていた誰もがおそらく、暑さも時間も忘れたはず。全国大会常連のV候補同士が、ベスト8をかけて正々堂々と渡り合った7イニング。それぞれの野球が交錯し、主導権が微妙に行き来すること106分。磨き抜かれたスキルと戦術に、経験をもってファイトする子どもたちには時折り涙も。結果、勝者と敗者とに分かれたが、勝利監督は自ら笑顔で相手の主将に右手を差し出した。敗軍の将は、打ち終わりのバットをそっと拾いに。残念ながら、きな臭さも漂いだした夢舞台の中盤戦、この試合には感嘆と清々しさしかなかった。
(写真&文=大久保克哉)
■3回戦
◇8月10日◇新居浜市営球場
▽第1試合
ほぼイーブンで後半戦へターン
[愛知]4年連続8回目
北名古屋ドリームス
0000203=5
0100102=4
豊上ジュニアーズ
[千葉]3年連続7回目
※特別延長7回
【北】坪井、青山、坪井、中津-吉村
【豊】加藤豪、後山-関澤
三塁打/玉井(豊)
二塁打/坪井(北)、蛭間、後山(豊)
【評(※前半戦3回まで)】開始初球。北名古屋の一番・吉村太賀(5年)が叩いたゴロは、三塁手のグラブをかすめて左前へ。続く坪井心汰主将は、右越えのエンタイトル二塁打で無死二、三塁に。いきなり大ピンチを迎えた豊上だが、先発の加藤豪篤は三振でまず一死。さらに空振りで飛び出した三走を捕手・関澤月陸が強肩で刺すなど、無失点で切り抜けて流れを引き寄せた。2回裏、豊上は四番・蒔田昊明の中前打から二死二塁とし、七番・坂部伶哉(5年)が中前へ先制タイムリー。さらに3回裏、併殺崩れて一塁に残った一番・後山晴が、4球の間に二盗、三盗を決めて一死三塁に。二番・玉井蒼祐はダウンスイングも、打球は内野の頭上を超えて左翼手のほぼ正面へ。三走・後山は50m走7秒04の俊足だが、バットスイングと同時にスタートしていたためにタッチアップできず。結局、追加点は奪えなかった豊上の1対0リードで前半戦が終わり、グラウンド整備へ(以降、下の記事へつづく)。

2回裏、蒔田の左前打㊤から二死二塁となり、坂部(5年)の中前打㊦で豊上が先制


豊上は加藤豪㊦、北名古屋は坪井㊤、前半戦は両エースの粘投が光った

―On-the-ground report―
わずか4球、90秒弱の「6回表」に神髄
「純粋に素晴らしい戦い。学童野球はやっぱり、コレですよね」
ダグアウトを出てきた北名古屋ドリームスの岡秀信監督は開口一番、そう言った。満ち足りた表情は、豊上ジュニアーズの髙野範哉監督も同じだった。
「確かに、今までで一番いい試合でしたね。勝ったほうの選手までが、あんなに泣き崩れているのを見ると特にね。やっぱり、すごい試合でしたね」


ここ10年あまり、両軍は全国大会の上位の常連である。初出場は豊上が2016年、北名古屋は翌2017年。そして2021年に北名古屋が銀メダルに輝き、豊上は2019年から2大会連続で銅メダルを手にしている(※2020年はコロナ禍で中止)。
全国舞台で初めてのマッチアップは2021年の準決勝で、5対1で北名古屋が勝利。今回の対決はそれ以来、5年ぶり2回目だった。チーム同士の交流がすでにあり、それぞれ専任の指導者同士も顔なじみ。

当日の早朝、練習前に北名古屋・岡監督と豊上・原口守コーチが談笑する姿も
現6年生の代も年始の私設大会で対戦、これを制したのは豊上だったが、髙野監督はこうクギを刺していた。
「ウチが9対8で勝ちましたけど、ダブルヘッダーの2試合目だったので、実際の力比べはできてないんですよね」
その後、北名古屋は5月に4年連続8回目の全国出場を決め、豊上は6月に3年連続7回目の全国出場を決めた。そして8月の本番を前にした7月の第2週に、両軍で「全国大会壮行試合」を行う手はずだった。ところが、4日前(7月7日)の全国大会の組合せ抽選の結果、3回戦で対決する可能性が浮上したことから、双方の合意で壮行試合はお流れに。

裏を返せば、組み合わせが決まった当初から、両チームはこの3回戦を“最初の山”と見据えていた節がある。それが証拠に、「投球は1週間で210球まで」との新ルールが導入されたなかで、絶対的なエースをそれぞれ先発のマウンドに送った。
ここまでの勝ち上がりは酷似。ともに1回戦で完勝し、2回戦は接戦を1点差でものにした。豊上のエース右腕・加藤豪篤は1回戦で2回18球を投げ、出場11回目の戸尾ファイターズ(長崎)との2回戦では既定の70球を投げ切っていたが、3試合連続で先発のマウンドへ。

両エースのほかに、豊上は石井尊㊤と後山、北名古屋は中津拓真㊦と青山が2回戦まで登板してきた

一方の北名古屋は、主将兼エース左腕の坪井心汰(2026注目戦士❽➡こちら)が、大会3試合目にして初めて、まっさらなマウンドへ。こちらは1回戦で2回19球、2回戦では3回40球を投じ、勝ちゲームを締めてきた。岡監督は、全幅の信頼を寄せる「切り札」を頭から使ったことについて、こう打ち明けている。
「相手が豊上ですからね。もう後先は考えない、と言ったらウソになるんですけど、後先を考えながらも試合を安定させるという意味で、坪井を先発させました」
逆転、すぐさま同点
豊上の加藤豪も、北名古屋の坪井も、打者をきりきり舞いさせるような速球の持ち主ではないが、制球力と安定度はピカイチだ。
この直接の投げ合いでも、前半戦の与四死球は坪井の1つだけ。苦境でタフに投げられるのも共通する特長で、加藤豪は初回の無死二、三塁のピンチを無失点で脱してからは、すいすいの投球。坪井は2回に打たれて1点は失うも、続く3回は先頭への与四球から迎えた一死三塁のピンチを無失点で切り抜けていた。

4回表、北名古屋は一死一塁から代走の荒川(5年)が二盗㊤。五番・今井悠㊦はフルスイングで6球連続のファウル

迎えた後半戦。まずは豊上の加藤豪が、真骨頂を発揮した。バックのミスから一死二塁にピンチが広がり、北名古屋の五番・今井悠稀はカウント1ボール2ストライクから、何と6球連続でファウル。それもすべてマン振りだ。またそのうちの何球かで、二走・荒川柊一郎(5年)が三塁へ完璧なスタートを切っていた。
「あれは結果的にラン&ヒットになるんでしょうけど、その指示は出してないです。バッターは追い込まれてるので、ストライクは打たざるをえない。でもランナーは100%モーションを盗めていたので、ボール球だったときには一死三塁をつくれる、ということですね」(北名古屋・岡監督)

しかし、豊上のエースはそれを許さなかった。けん制を挟みつつ、ファウルで粘る今井悠に約20㎞の球速差とコーナーワークで対抗し、都合11球目の93㎞で三塁ゴロに仕留めた。さらに後続も打ち取ると、マウンドで跳び上がってからベンチへ。
1点リードの豊上が、流れも譲らずに迎えた4回裏の攻撃。増渕碧人と蛭間悠智主将の五・六番の連打で、一死二、三塁のビッグチャンスとなる。

4回裏、豊上は一死から増渕が左前打㊤。続く蛭間主将はセンター後方の特設フェンス直撃の特大二塁打㊦

だが、今度は北名古屋のエースが本領を発揮した。カウント2ボール1ストライクからのスクイズを、冷静にローウエストで外し、三走を挟殺。そして無失点で切り抜けると、先ほどの加藤豪にも負けぬ勢いでガッツポーズをつくっての咆哮からベンチへ。

直後の5回表に、形勢が逆転した。北名古屋は先頭の七番・青山隼磨の左前打(=㊤写真)から、2連続バントがそれぞれ野選と内野安打となり、無死満塁で打線は3巡目に。豊上の内野陣は中間守備を敷くなかで、一番・吉村太賀(5年)の遊ゴロ(二塁封殺)で同点、続く坪井の右前打(=㊦写真)で2対1に。
ひと息で試合をひっくり返した北名古屋は、直後の5回裏から二番手で青山がマウンドへ。4球で2アウトとなり、一塁側の豊上サイドは消沈しかけたが、やはり3巡目に入った打線が底力を見せた。
一番・後山晴(2026注目戦士❻➡こちら)が左翼線へ二塁打。さらに暴投で二死三塁となっても、守る北名古屋の外野陣は、内野の土のフィールドに近い超前進守備のまま。岡監督は逆転後も、「このまますんなりとはいかない」との頭があったという。

「まだもつれると踏んでましたし、あそこ(5回裏、二死三塁)は長打を打たれても1点。逆に、ピッチャーが打ち取った打球で1点を奪われる(テキサス安打)ほうがダメージが大きいので、それを防ぐための外野の位置取りでした」(岡監督)
その外野陣のはるか頭上の右中間へ、かっ飛ばしたのは豊上の二番・玉井蒼祐だ(=㊦写真)。三走の後山は悠々とホームイン、打った玉井は二塁を蹴って三塁へ頭から飛び込んだ。

これで2対2、試合は振り出しに。続く6回は双方無得点ながら、表の北名古屋の攻撃がまた、ベストゲームを強調するスパイスとなっていた。
ブレぬ智将と勇気の美技
6回の開始時点で、豊上のエースの球数は66球。既定の70球まで残り4球となれば、試合の流れを変える意味でも、追い込まれるまでは「待て」を指示するベンチが多いはず。これは全国大会に限らず。

ところが、北名古屋の打者には、端からそんな素振りすらもなかった。前の打席で結果的に11球を稼いでいた今井悠が、初球を叩いて中飛。続く加藤航大も、同じく初球をフルスイングで中飛に(=㊦写真)。
2球で2アウトとなっても、北名古屋の30番は表情ひとつ変わらなかった。
「(6回も球数を稼ぐ指示はなし?)もちろん、そういうのは一切ないですね。やっぱりね、普段やらないことをやっちゃダメなんですよ。ウチが普段から言って実践しているのは、ああいう場面でも打っていくことですから」(岡監督)

北名古屋のスローガンは『打って打って打ちまくれ』。これは、就学前からの段階的な育成指導の根幹でもある(「チームファイル04」参照➡こちら)。複数台の打撃マシン導入など、身銭も切っての組織大改革で環境を整え、部員不足による存亡の危機も脱してきた指揮官である。夢舞台であろうと学童野球の本分を見失い、目先の結果や私欲に走るような輩ではない。

6回表二死、豊上の加藤豪のジャスト70球目を、北名古屋の左打者・青山は中前へ鋭く弾き返した(=写真㊤)。だが、豊上の中堅手・蒔田昊明が猛チャージから一塁へのストライク送球で、センターゴロに。
「センターゴロの練習もよく? 一応、やってます。(6回の場面は)ここで一塁に投げなかったら後悔すると思って。打球が来た瞬間に勝負!と決めました」(蒔田)
打ちも打ったり、取りも取ったり。虚勢も虚偽もない、堂々の勝負。強敵や場面の重圧や失敗のリスクに臆することなく、持てる能力を尽くし、培ってきた数々を信じてファイトする――。投球はわずか4球、時間にして90秒足らずの「6回表」にこそ、学童野球の真髄、夢舞台のあるべき姿が凝縮されていた気がしてならない。
紙一重でフィニッシュ
試合は無死一、二塁で始まる特別延長に突入。7回表に押し出しと坪井の2点タイムリーで3点を勝ち越した北名古屋が、豊上の反撃を2点に抑えて勝利した。

7回表、北名古屋は一死満塁から一番・吉村(5年)が押し出し死球㊤、続く坪井の右前打㊦で5対2と勝ち越し

岡監督は勝因を口にする前に、どっぷりと余韻に浸りながら両軍を押し並べて称えた。
「ホントに紙一重でしたね。逆の立場になっていても、ぜんぜんおかしくない。さすがでしたよ、打つのもさすがだし、ピッチャーもさすがだし、追いつくところもさすがだし。勝負もかけたし、お互いにね」

敗れた豊上は3日後の閉会式で、『マクドナルド・グッドマナーアワード』を受賞した。この賞は、子どもたちの“人としての成長”につながる行動を評価・称えることを目的に今大会から新設。選考基準はルールの遵守、相手チームや審判へのリスペクト、チームワーク、全力プレー、保護者を含むグラウンド外での行動など5つ。豊上のほか6チームが受賞している。
以下、岡監督が語った勝因。
「さい配的に当たったとすれば、残り1球を残していた坪井(4回まで49球、5回二死から再登板で20球の計69球)を、あえて代えずに特別延長もいかせたこと。1アウト(二ゴロ)をすっと取って、バトンタッチできたのが大きかったかな。まぁ、たまたま成功しただけかもしれない。ただタイブレークの練習もしてましたからね、めちゃくちゃ」

―Good Loser―
存分のファイトと、ラストシーンの従順
とよがみ
[千葉]
3点を追う特別延長の7回裏、豊上ジュニアーズは、七番・坂部伶哉(5年)からの攻撃。ベンチ前の円陣で、背番号30は予めこう言っていた。
「ソウスケ(二番・玉井蒼佑)につなぐぞ、そこまで持ってくるぞ!」

結果としてあと1点、及ばなかったものの、実際に二番打者まで打線はつながった。しかも、一打で逆転サヨナラという場面までお膳立てして。
「監督の指示に従うことが徹底できてないのが、ウチの痛いところ」(髙野範哉監督)と突き放されたナインだったが、最後の最後は指揮官の言葉を具現してみせた。

7回裏、併殺崩れと死球で一死満塁から、九番・荒井(5年)の中飛㊤で、三走・増渕がタッチアップして生還㊦


7回裏、1点を返してなお二死一、二塁から後山が左中間へ適時二塁打㊤。一塁代走の5年生・坪倉旺佑は三進㊦し、一打逆転サヨナラの好機となる
チームを全国屈指の強豪に昇華させた名将と、現6年生たちは4年の付き合い。当初から日本一を目標とし、千葉県下で無双を貫いてきた。大願成就まで、指揮官の胴上げは自粛。共有してきた時間の長さもあるのだろう、公式戦での指揮官は例年以上に厳しい口調だった。
「まぁ、いい試合でしたね」
志半ばの3回戦で惜敗すると、髙野監督はそう言ってから嘆いた。
「でもミスが多かったですね。私が指導してきたことを、子どもたちがやらない野球になってしまったので…」

確かに、しくじりもあった。逆転を許した5回表、相手のバントの処理で入るベースを誤り、野選(=㊤写真)としてしまった二塁手の玉井は「自分のミスで逆転されてしまって…」と、試合後は激しく泣いた。実は、少し前の試合で、同様の動きを指揮官に注意・指導されたばかりだったそうだ。

また流れを失った、4回裏のスクイズ失敗(=㊤写真)。これも嘆いた指揮官だが、単に結果で感情的になったのではない。相手バッテリーのウエストに対しては、「ファウルでいいのでバットに当てる(無理にフェアゾーンへ転がそうとすると空振りになりやすい)」という約束事をチームで確認し、練習を重ねてきていたという。
「あのウエストボールは、ファウルにできないほど大きく外されたわけでもなかった。これまでさんざん失敗して、要所要所で教えてきたんですけどね…」(髙野監督)

いざ本番で空振りをしてしまったのは、5年生の坂部だった。非凡な打力で春からレギュラーに食い込んできたとはいえ、場数不足は否めない。それでも2回には、先制タイムリーを放つなど活躍した下級生を、敗因にあげる6年生がいるはずもなかった。
教えられた通りに「やらない」のではなく、「やれなかった」のが実情だろう。負ければ終わり、豊上の6年生はほぼ引退となる大舞台であり、相手は同じく優勝候補の強敵だ。そうそう、思い通りにいくはずもない。

指揮官はそれも承知の上だったはず。「とにかくバットを強く振れ!」という、開始当初からの指示は途中から、もっと具体的になっていた。
「バットを振り終わってから走れ!」
それが結果、強振や殊勲打も生んだ。1対2と逆転された直後の5回裏、二死無走者から、まずは後山晴が左翼線を破って二塁へ(=㊦写真)。控えめなタイプのタレントが珍しく、二塁ベース上で拳を振り上げた。
「絶対に打ってやる、という気持ちで打席に入りました。夢中だったので、どういうボールを打ったかは覚えてないです」
そしてその後山と2人、1年前の全国大会でもプレーしていた二番・玉井が、右中間へ同点タイムリー三塁打。全霊を吐き出すかのように、大きく口を開けながらバットを強振した玉井は、鬼気迫る形相で三塁ベースに飛び込んでいった(=㊦写真)。
「このままじゃ、去年みたいに自分のミスで負けちゃうと思って、もう絶対に打つ、という気持ちで打ちました」(玉井)
特別延長の7回裏、九番・荒井皇舟(5年)の犠飛と後山の適時二塁打で1点差に追い上げた後。一打逆転サヨナラという場面で、玉井はレフトフライに倒れて最後の打者に。その後は「自分のせいで…」と号泣するばかりだったが、最後も見逃し三振やハンパなスイングではなかった。
大会ベストマッチと言っていい、7イニングの大接戦。最後の1球まで、どちらに転ぶかわからぬ勝負のなかで、背番号1は何度、ガッツポーズで吠えたことだろう。いつもは底抜けに明るい加藤豪篤も、敗退後は「もっとできたと思います」と静かに自分を責め続けた。

2回に先制の口火となるヒット、6回の守りでセンターゴロを決めた蒔田昊明は、就学前から豊上に入っていた。6年間について「怒られたときもあったけど、一生懸命に教えてくれたり、チーム全体もすごくうまくいって、感謝しています」と結んだ。

中堅手の蒔田㊤は6回の全3アウトに絡んだ。蛭間主将は4回に特大二塁打㊦

4年生から加入し、この2026年から主将としてチームを引っ張ってきた蛭間悠智は「ホントにいいチームになって、県大会も無敗とか、素晴らしかったので、これで引退になっちゃうと思うとすごく哀しいです」と目を潤ませた。
しばらく嘆き節の続いた指揮官も、気付けば目が潤んできていた。「確かに、今までで一番いい試合でしたね…。ただ、もう終わってしまいましたからね。夏の全国大会後に(新チームの指揮が)始まり、全国大会で終わるのがウチの形。ジュニアーズでやってきたことを、今後の野球にどう生かすのか、これから6年生たちにそういう話をして、私はこの学年から退きます」(髙野監督)
1年前に全国8強入りしたタレント軍団とは、持ち味も異なるチームだった。優しくて気さくで巧みな6年生が9人、アットホームな雰囲気で、どのチームからも好かれた。予定より3日ばかり早い夏の終わり。その残像に胸を焦がしているのは筆者だけではあるまい。指揮官もきっと、人知れず――。